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きょうだい児の私のいままで

私はきょうだい児です

きょうだい児とは、障害をもった子の兄弟姉妹のことを言います。

私は知的障害を持った兄弟がいます。ダウン症なので適度にコミュニケーションはとれますが彼が何をしゃべっているか意思疎通できないときもあります。

アラサーになった今でこそ障害を持った兄弟との関係は良好ですが、思春期はいろんな想いがありました。

私の障害を持った兄弟のことを「まさふみ(仮名)」としてお話しします。

小学生~中学生のころのきょうだい児の私

わたしとまさふみは小学校と中学校が一緒でした。専門的な教育をする特別支援学校に行く予定でしたが、どうしても遠いので母が学校に交渉して同じ小学校と中学校に通えるようになったのです。

私の大尊敬している母については「ダウン症が産まれた!30年ダウン症を育てた母にインタビューしてみた!」のなかでいろいろ当時の母の気持ちを聞いています。

小学4年生になったぐらいの私はまさふみの存在が他とは明らかに違うことを理解し始めます。

月曜日の全体朝礼の際、全校生徒が集まっているなか、静かに校長先生の話を聞いてる生徒をよそにまさふみが走り回りまるのです。

「こら!静かに座ってなさい!」と追いかける先生とそれを楽しんでるのか面白がってるのか笑いながら走るまさふみ。

毎回私はこの全体朝礼が嫌いでした「お願いだから先生の言うことをきいていますように!」と祈りながら校庭にでていったことをよく覚えています。目立つまさふみの存在が恥ずかしくて心臓がバクバクでした。

朝礼の時は体育座りで顔をうずめてできるだけまさふみが目にはいらないようにしてた気がします。

私は当時小学校ではとっても控えめな性格だったので、クラスメイトに「おい!お前の兄弟がまた暴れてるぞ!」なんて言われた日はもう最悪でした。

「知らんし」とかどうでもよい対応を見せていましたが、心臓はバクバクで、「その話は言ってこないで!!!」と思っていました。

中学校になってからも、学校の授業でクラスメイトの前で発表していた時に、理由は忘れたんですが「お前の兄弟は何人で何をしているんや?」みたいなこと先生に聞かれたことがありました。

その時も一気に緊張してどう答えたらいいのか分からなくなりとりあえず「え、なんかよくわからないです」と濁してその時が早く終わるのを祈りました。「さらにもっと聞かれたらどうしよう」なんて恐怖もあったりしてドキドキハラハラでした。

私の中でまさふみの存在はできるだけ隠したい存在だったのです。知っている人は知っているんですが、まさふみのことをみんなに伝えたら、どんな風に思われるんだろうという恐怖が常にありました。

ただ、家では真逆。当時まさふみの存在はストレスで大嫌いでした。なので、「こっちこんといて!」とか「あっちいって!」とか「一緒の家族と思われたくない!」とひどいことを言っていました。

身近に、障害があるような家庭がなかったこともあり、人と違う境遇であることを呪いましたし短気で家で暴れまわっていました。

私がまさふみをいじめるので母はまさふみを守り私を怒ります。母に本気でかみついたこともありますし、私自身が暴れまくるが故に父にぼこぼこにされたこともあります。

ストレス発散の方法が身内に暴言をはく、殴るけるしかなかったのかもしれません。

ちなみにイライラするので毎日学校から帰るとお菓子を1袋以上は食べていました。なので小学6年生では女子の中で1番か2番かくらい太りましたし、自分が大嫌いで鏡を見ていませんでした。(部活を始めたら体重が半分くらいなくなったのでよかったです)

高校のころのきょうだい児のわたし

周りがぽろぽろお付き合いをしはじめ、「私も彼氏が欲しい!」と思い高校2年生のころ初彼氏ができました。

付き合ってすぐにまさふみのことは言おうと思いました。まさふみのことを言って嫌われたらいやだけど、言わずにいつか嫌われるかもしれないと思ってるほうがしんどいと思い早く安心したかったのです。

付き合い当初、電話で「ちょっと、言いにくいけど言いたいことがあるねんけどいい?」と話し始めたもののしばらく言い出せず・・・覚悟を決めて聞きました。

当時の彼は「全然いいよ!昔そういう子と一緒に遊んでたりしたで!」と言ってくれてとーーーーーっても安心できました。そのときは本当にうれしかったです。

当時の彼氏がまず受け入れてくれたからこそまさふみのこと受けれいてくれる人がいるんだと安心できるようになった気がします。

半年ほどお付き合いしたころ、家族に彼氏のことを紹介しました。

ダウン症の友達がいたと言ってたので紹介はそこまで緊張しなかった気がします(ダウン症の人だいたい顔一緒だからイメージつくだろうと思って)

紹介した際になぜかまさふみがテンションがあがって「おい!今からキャッチボールしようぜ!」なんて言って彼氏を誘って近くの川辺でキャッチボールをすることに。

当時の彼は優しく受け入れてくれてまさふみがあきるまでキャッチボールをしてくれました。

ああああマジで元カレよいやつ。

大学のころのきょうだい児のわたし

大学になるともうまさふみのことはバレません。いない存在も同然です。なので特に問題なくサークルで遊びまくる日々。合コンばっかしていましたね。

合コンしまくってたころの愛読書は「ブスでも彼氏ができるし、モテる神方法 」の記事の中で紹介しています。

私はアルバイトと大学でほぼ家にいないことから、まさふみとの関係もお互い関与せずといった感じで仲が悪いということはなくなりました。

そんななか、なぜか羊水検査の講義が授業であったんです。その後、何名かでその話題になったとき友達が「障害者産まれたりせんから!」と言いました。

特に障害に偏見があってとかじゃなく、友達はノリで話をしていたんですが当時の私はすっごくひっかかり「いや、産まれるで!私の兄弟障害もってるから!」と初めて自分からまさふみのことを暴露しました。

けどやっぱりいろいろ深くは喋りたくなくてごまかして違う話に持っていきました。

友達の「障害をもって産まれたりせんから!」という発言に対して、友達との関係を悪くはしたくないけどでも「言わなきゃ!」という気持ちになったんです。

初めてまさふみのことを守らなきゃみたいな(別に攻撃されてないけど)感覚になりました。

そのころから、「障害者差別には反対でまさふみのような人たちのことは悪く言われたくない。けどそんな自分はまさふみのことを周りには話せない。秘密にしている。待てよ・・・私が1番の差別をしているのでは?」

という自己嫌悪でぐるぐるしていました。

そこから、障害を持っている子供が生まれる可能性はだれでもあるし、障害者の存在をもっと知ってほしい!(特に知的ね)差別しないで!!という気持ちが極限に・・

若いパワーはすさまじく

  • 自分の学科とは関係ない福祉のゼミにいりびたり差別解消にはどうしたらいいか考える
  • 東京の福祉教育に力入れている学校見学にいっていろいろ聞く(私の立場謎)
  • A型作業所の見学に複数いって、障害持った人がどう暮らしているのか聞く
  • 障害理解がすすむためのボランティアに参加して差別がなくなるにはどうしたらいいかき聞く

とかとか

謎にいっぱい動きました。今思うと恥ずかしいけど、当時はなぜか使命感に燃えてた。マジ謎!!

就職活動では、一度A型事業所を自分でつくろうかとまで考えていました。

会社をつくろうみたいなセミナーにでて、たまたま隣の席が同い年のバンドマンで変な恋愛もしました。彼はDV男でしたがしばらくは離れられず、そのぐらい当時の私は狂っていたんだと思う。良い意味でも悪い意味でも。

社会人になってから今のきょうだい児のわたし

仕事をいろいろしましたが、まさふみのような障害を持っているひとたちのこと知りたい、勉強がしたいと一度社会にでてから再度学校に通い「社会福祉士」の資格をとりました。

今はまさふみのことを暴露するのに抵抗はなく自分から話しちゃうくらいです。

過去大嫌いだったまさふみ、家族も今はとっても大好きです。バツイチ彼にもまさふみには会ってもらいました。

まさふみはまたテンションあがって「一緒に風呂はいろう!」とまさふみと彼でお風呂にはいっていました。ず~っとまさふみは実家のお風呂の使い方について嬉しそうにしゃべっていました。

彼もそれを面白がってくれていて、笑顔で対応してくれていました。まじ感謝。

おわりに

今振り返ると、思春期は超荒れていた私ですが、自分の気持ちを家庭内でキレながらも両親に発信で来ていたことはよかったなと思っています。そんな私に母がちゃんと向き合ってくれていたこと、父がちゃんと叱ってくれていたことで前向きに現状を捉えることができるようになったのかも。

また、「強みを生かして働こう!ストレングスファインダーを8年ぶりに診断! 」の中に書きましたが自分の強味として社交性やポジティブ思考があるのも理由かも。

ただ、きょうだい児の私の一例のエピソードであって障害の重さや両親の姿勢によって、きょうだい児でも辛い思いをされた方、今も何かに苦しめられている方などいろいろな方がいると思います。

他のきょうだい児さんがどう生きているのか知りたい。そう思っていたらちょうど、きょうだい児のサイトができました!

Sibkoto | 障害者のきょうだい(兄弟姉妹)のためのサイト Sibkoto(シブコト)

全体に公開している何名かの投稿をリンクではっておきます。

施設に入所して、皆幸せになったのに。

きょうだいが持つ複雑な気持ち 

きょうだい児の障害者施設スタッフとして 

色んな思いがあることを知って頂ければ光栄です。